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質問 15

仏教における瞑想の道について、もう少し詳しくご説明いただけますか。

霊性の修養の旅において、禅定の成就は、四つの層が上へ上へと重なる壮麗な宮殿として思い描くことができる。それぞれの層は初禅・第二禅・第三禅・第四禅に相当し、その頂きには、無我(アナッター、Anattā)という究極の覚りが冠として据えられている。この大いなる宮殿を取り巻く庭は、正念の段階を表している。すなわち、心がもはや散り乱れることなく、自らの実践に対して途切れることのない気づきを保ちはじめる段階である。宮殿の周囲には、堅固な城壁がめぐらされている。その内に入るためには、正しい門へと通じる正しい道を見いださねばならない。

宮殿の外には、広大で人の手の及ばぬ森が広がっている。そこには自然のあらゆる美しさ——木々と獣たち、香り高い花々と甘い果実——があるばかりでなく、棘の茂みと険しい道もまた横たわっている。この深い荒野に迷い込んださすらいの旅人のように、私たちは終わりなき生死の輪廻(サンサーラ、saṃsāra)の中を漂い続け、そうして幾たびの生涯を過ごしてきたのかも知らずにいる。束の間の喜びと、いまだ解かれぬ苦しみとが、私たちをこの迷妄と無明の森の中に繋ぎとめているのである。

幸いにして智慧ある師——四聖諦と八正道を正しく説く師——に出会うことができたなら、私たちは正しい方角へ、宮殿の門へと導かれる機縁を得る。しかしながら、正しい道が示されたとしても、瞑想の修行者は数多の障礙を乗り越え、無我(アナッター、Anattā)という目標をゆるぎなく追い求めていかねばならない。この段階が正精進(サンマー・ヴァーヤーマ、Sammā Vāyāma)である。すなわち、目に見える成果がただちに現れないときであってもなお、正しく瞑想を修めようとする、たゆまず退くことのない努めである。

八正道に照らせば、瞑想は解脱への道の最後の三支——正精進、正念、そして正定——を含んでいる。しかしながら、瞑想はそれだけで独り立つものではない。それは、八正道の先行する諸支、すなわち正見・正思惟・正語・正業・正命の上に築かれた、堅固な土台を必要とする。これらの支分は徳と功徳とを育むものであり、瞑想という宮殿を守るために欠かせないばかりでなく、この宮殿が果てしなく保たれていくための、揺るぎない礎ともなるのである。

瞑想仏教問答瞑想八正道禅那正精進仏教入門正法禅那宗僧院

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